書架

世の中に実に美しいものが沢山あることを思うと自分は死ねなかった

©O-DAN

葛木御歳神社の東川優子宮司の御尊父(ヤマダデンキ創業者)はたいへんな読者家であらせられ、「僕の好きな本、カミュ『シーシュポスの神話』、モーム『人間の絆』、ヘッセ『デミアン』」と仰られました。

東川宮司は『デミアン』はあまりお好きではないそうですが、私は『デミアン』がとても好き。

©O-DAN

われわれがだれかを憎むとすれば、そういう人間の形の中で、われわれ自身の中に宿っているものを憎んでいるのだ。われわれ自身の中にないものは、われわれを興奮させはしない。

『デミアン』

その昔、模範少女エーミー子と呼ばれた私、『少年の日の思い出』でヘッセが一体何を言いたかったのか、上記『デミアン』の一文で、すっと腑に落ちたものです。

勇気と品性のある人々は、そのほかの人々にとってつねに薄気味悪く思われる。

『デミアン』

エーミールは「非の打ちどころがない」模範少年で、標本は美しく整えられ、破損した翅を膠で復元する高等技術を持っていた。僕はそんな彼を嘆賞しながらも、気味悪く、妬ましく、「悪徳」を持つ存在として憎んでいた。

『少年の日の思い出』

私に勇気と品性があるかどうかさておき、気味が悪いとは、そういうことなのだと。
ヘッセ自身、わかっていたのだと。

そう、私は別段、悪餓鬼どもからエーミール呼ばわりされても腹の底では名誉しか覚えていなかった。

「悪徳」とは、エーミールを妬まざるを得ない少年自身の醜さを反映したものだから。

©O-DAN

世の中に実に美しいものが沢山あることを思うと自分は死ねなかった。

『デミアン』

美しいものを追い求める、そのとき私は、美しくないものを平然と切り捨てている。

今から思えば、私はいじめられていたのでしょう。
でも、何も感じなかったのは、私が悪餓鬼どもを人とも見なしていなかったからでしょう。

私はエーミール。
上等だと。

先生やパパやどこやらの神様に気に入られるだろうかなどということは、問題にしないことだ。
そういうことを気にしたら、我が身の破滅を招くだけのことである。

鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は世界に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという。

シンクレール、よく聞きたまえ! ぼくは去らなければならないだろう。きみはおそらくいつかまたぼくを必要とすることがあるだろう、クローマーに対して、あるいはほかのものに対して、そのとき、きみがぼくを呼んでも、ぼくはもうそうむぞうさに馬や汽車でかけつけはしない。そのとききみは自分の心の中を聞かなけらばならない。そしたらぼくがきみの中にいることに気づくよ。わかるかい? ――それからもう少し言うことがある。エヴァ夫人が言った、きみがいつか逆境にいることがあったら、彼女がぼくにはなむけしてくれたキスをきみにしてあげておくれって……目を閉じたまえ、シンクレール!

大部分の人たちが行く道は楽だが、僕たちの道は苦しい。
――でも、行こうじゃないか。

『デミアン』