ならだより飛鳥へ

2025.5.5 私はまだ じゅうぶんに死んでいないから ―いかるが銀輪逍遥―(アップロード途中)

Ⓒ前園実知雄
『斑鳩に眠る二人の貴公子・藤ノ木古墳』

高畠華宵『奈良朝風俗絵巻一』Ⓒ高畠華宵大正ロマン館

旅にて(4)

私はまだ じゅうぶんに死んでいないから
月光に誘(いざな)われて 土盛(ども)りの外へ出てくる
死者どうしの媾合(まぐわい)で生まれるのは
血液と体温のない赤子だ と知っているから
真夜中の墓原で愛しあおう とは思わない
戸の隙間から しばらく覗いてみて
寝息を立てるあなたの脇に しのび入る
熟睡するあなたに跨(またが)り 精を絞りつくしたら
ふらふらと出て行く 私は胎(みごも)っている
だが何を? 孤児という死児を?
まっ黒な穴のような絶望を?
目覚めたあなたは 私のことなど知らない
私の落ちつくところは 何処にもない
墓の中は暗く湿って 居心地の悪いところ
私を じゅうぶんに殺してください

高橋睦郎『永遠まで』