

2025年10月30日、第77回正倉院展へ。今年の展覧のキーワードは、ずばり、「万博」。例年よりも国際色豊かな華やかな陳列とのこと。
私のお目当ては、ずばり、「瑠璃杯(るりのつき)」。Wikipediaによると、瑠璃杯は第13回正倉院展(1960年)が初出展で、第19回(1966年)、第35回(1983年)、第46回(1994年)、第64回(2012年)、第77回で6回目の出展とのことで、およそ15年周期でお目見えされるよう。
私は今回が初めての観覧。私にとってのベストオブ正倉院宝物すなわち瑠璃杯なので、当然ながら「人生やり残したリスト」の皮切りも、それ、瑠璃杯の観覧なのでした。

昨年と同じく有給を取って、平日の朝一番、8時に予約しました。奈良大学通信教育部の在学生として、キャンパスメンバーズの特典はこの正倉院展が最も有効に使えます。通常2,000円の観覧料金が、なんと400円になるのですから。

ものすごく良い天気で、寒さに震えることなくスムーズに博物館のなかへ入れました。並んで待った時間も、10分もなかったはず。やはり何事も善は急げ、朝は夙めて、すなわち早朝、です。

昨年暮れに京都の「大シルクロード展」で観た、トルファンのアスターナ古墳から出土した明器にそっくりな双六盤。香木を切り取った跡から、足利義政や織田信長や明治天皇の実在が逆説的につまびらかにされるインドシナ産の沈香、蘭奢待。後に後白河法皇も用いた、東大寺大仏開眼会で菩提僊那が墨で大仏の眼を点じた筆。中央アジア周辺で製作されたという、大唐の花文様を羊毛を圧縮して表現した花氈。いずれも東大寺に献じられ、東大寺の銘が施されているものも少なくない。
私は、これまで、東大寺にどれだけお世話になってきただろう。一般の方々には入れない、見れない、知れない場所へ何度も招待してもらえた。東大寺の真価たる、東大寺親子レスパイトハウス事業にも参加させていただいた。最たるは、奈良大学通信教育部の卒業論文の主題、それも東大寺あってこそ。
夢のような人生だった。こんな素晴らしい文化と歴史に、直に触れさせていただいて。
そして、初めて見(まみ)える、星を落としたようなライティングに一瞬で心を持っていかれた、魂を奪われた、私のほんの目の前に、澄んだ夜の空の色したサーサーン朝ペルシア帝国の形見の硝子、瑠璃杯。
夢が叶ってしまった。
もう死んでもいいくらい綺麗。

お茶席が設けられていたので、一服いただくことに。主菓子は、正倉院へのオマージュの銘菓「花喰鳥」。奈良で最も古い御菓子司「菊屋」さんが手がける薯蕷饅頭、さすがのおいしさ。

古田織部好みのお茶室、八窓庵を望んで。もう6年前になる、ここ奈良博の親子ワークショップで特別に、息子とあのお茶室に入らせてもらった。
私は、幸せだった。
奈良に、奈良の文化と歴史に、愛されたから。

そもそも奈良国立博物館は、校倉造りの正倉院を建物の意匠にしていた。そもそも、正倉院宝物のために造られた博物館だった、奈良博は。

見るべきほどのことは見つ。
壇ノ浦での平知盛の突き詰めた心境に私も立ったのか、もう、人生で味わうべきものはすべて、味わったような気がする。

なら仏像館、そういえばここ10年くらいまともに行っていなかった。で、訪ねると、吉野山の金峯山寺の仁王像のお出まし。これは、呆気にとられるに吝かでない!

阿吽の呼吸、阿の仁王様。

阿吽の呼吸、吽の仁王様。

撮影許可の仏像は、SNSでの拡散も許可されていて。私が意識を奪われたのは、どことなく北魏様式も窺える、シルクロードの入り口は西安の十一面観音。西安は、唐の都の長安のこと。

十一面観音がもてはやされた理由は、人が生きるが上に犯さざるを得ない罪を滅してくれる、その慈悲がゆえ。
私もこの仏像を見て気づいた、自分も罪びと、と。

神像なので小ぶり、とはいえ、この圧力。

平安貴族が袈裟を羽織る、まるで後白河法皇のような。しかし、この神像は、伊豆山神社の御神体、すなわち源頼朝が平家打倒を祈願した関東武者の魂魄の拠り所。

個人的に、なら仏像館で最も気に入ったのは、この仏像残欠の群れなす陳列。

特に気に入ったのは、この天衣(てんね)のかけら。天衣とは、仏像がその肩から垂らす、細長い布のこと。領巾(ひれ)とよく似ている。私にはいずれも天女の羽衣に思えて。

この小さなささやかな塼仏たち、説明のキャプションがあっても、その歴史的意義は俄に伝わらないような気がする、贅沢なことに。

夏見廃寺とは、大伯皇女が大津皇子の菩提を弔うために建立した寺。
亡き弟のために、生ける姉は残りの人生のすべてを捧げた。それは、不幸ではなかったと。
心から信じられた、命をかけて愛することができた、そんな相手に回り逢えた人生の、何が不幸なものか、幸福でこそあったはず。
後悔など、微塵もなかったと。

今年の戦利品。ハンカチ、一筆箋、ピンバッチ、マグネット、檸檬味の飴の入った缶、すべて瑠璃杯の意匠。正倉院宝物「花鹿」を描いた、奈良藤枝珈琲焙煎所とコラボしたカップ。そして、あまりにも美しかったので、つい買ってしまったアクセサリー。
今年の私、瑠璃杯に舞い上がって、けっこう散財してしまった。まあ、普段、倹しくやっているので、これはお目こぼしの一興。

たくさんの種類のなかから選んだ、ヴェネツィアングラスのネックレス、瑪瑙のブレスレット。それにしても、なんて優雅な薔薇色と菫色のグラデーション。正倉院宝物の雰囲気を異国情緒とともに伝え、ガラスと天然石で明るく健やかに彩ってくれる、私の病的に白い肌を。


