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それは歴史とは なんのかかわりもない事だけれど

ⒸO-DAN

鳥は空を飛んでいる
魚は水に泳いでいる
私は地上でいったい
何をしているだろう

そう
私はたとえば あなたに
花を贈ることができる
鉢植えの黄水仙を

うす曇りのこの午後に
あなたをみつめて――
それは歴史とは
なんのかかわりもない事だけれど

それはまったく
それだけの事だけれど

『二月のうた』谷川俊太郎

愛しているから
愛していると云えないのです
許してください
私の不器用な沈黙を
私はあなたをとりかこむ空気になりたい
あなたの肌にむすぶ露になりたい

視線の動きだけで
もう小鳥は飛び立ってしまう
ただひとつの囁きだけで
夜は明けてしまうのではないか
ただ一滴の涙だけで
愛は凝固してしまうのではないか

私は身動きできないのです
この余りにも完璧な
あなたとの夜に

『十一月のうた』谷川俊太郎

神様が大地と水と太陽をくれた
大地と水と太陽がりんごの木をくれた
りんごの木が真っ赤なりんごの実をくれた
そのりんごをあなたが私にくれた
やわらかいふたつのてのひらに包んで
まるで世界の初まりのような
朝の光といっしょに

何ひとつ言葉はなくとも
あなたは私に今日をくれた
失われることのない時をくれた
りんごを実らせた人々のほほえみと歌をくれた
もしかすると悲しみも
私たちの上にひろがる青空にひそむ
あのあてどないものに逆らって

そうしてあなたは自分でも気づかずに
あなたの魂のいちばんおいしいところを
私にくれた

『魂のいちばんおいしいところ』谷川俊太郎