2020年3月21日、桜の花が咲き始めたころ、東大寺へ行きました。
用向きは、奈良親子レスパイトハウス10年の歩みの写真展。県立奈良高校写真部の顧問を務められた吉岡新市さんが、ボランティアとして奈良親子レスパイトハウスの行事に参加され、想い出と記録として手がけられた写真の数々、観覧させていただきました。帰りには、写真集も頂戴しました。
ご存じの方もいらっしゃるかも。東大寺大仏殿、ちょうど大仏さまの背後に、奈良親子レスパイトハウスへの義援金箱が設置されているのです。
なお、二月堂にも、義援金箱は設置されています。
奈良親子レスパイトハウスと大仏殿を後にして、東大寺境内を二月堂へ向かいます。ちょっと鹿が怖い息子、こんなちっちゃな仔鹿にも細心の注意を払い、そろりそろりと移動。
「おー、かわいこちゃん。おなか空いてへんか? 観光客がた減りして、鹿せんべい、お預けか?」
「だいじょうぶやで、どんぐり毎日もらってるよ」
「はるかむかしに、もどったんかな。鹿のほうが、人より多い」
「今から瓊花、どこ行くん?」
「二月堂。お水取り終わった燻ぶった空気、吸おうかな、って」
「肝心のお水取り、なんで来おへんかったん?」
「やっぱり人を避けたんやわ」
「今年のお水取り、ほんま静かやった。はるかむかしに、もどったみたいやった」
もどれるものなら、もどりたいね、パンデミックの前の世界に。
春霞たなびく山の桜花見れどもあかぬ君にもあるかな
桜の花を見飽きることがないように、あなたに会うのも飽きることがない。
紀友則『古今和歌集』
東大寺二月堂こそ、私の、私たちの、見れどもあかぬ君。
二月堂の欄干。お松明の跡のくぼみ。ほんのりと、煤けた匂いが漂う。
二月堂、この建物は江戸時代に再建されたので350年ほどの歴史しかありませんが、創建時の形式を律儀になぞったものなので奈良時代の面影を湛えています。
修二会、西暦752年、天平勝宝4年の大仏開眼から滔々と切々と続くその祈りは、この惜別の春、薄暗がりにある私の心に、花園天皇御製の祈りを重ね、すうっと、朝靄のように柔らかい燭(ともしび)を点してくれました。
今更にわが私(わたくし)を祈らめや世にあれば世を思ふばかりぞ
もはや自分のことなど、どうでもいい。皆と共に生きる、この世の大事を祈るばかり。
花園天皇『誡太子書』