奈良県の山地を歩けば気取ること。
それは意外や中世の遺跡が多いこと。
吉野や室生、南朝の北畠の独り勝ちだな、と思うこと頻り。
私は十代のころ、能楽にはまっていました。
世阿弥の謡曲にのめればのめるほど、南北朝の歴史に触れざるを得なくなり、負けが込むと人はどうなるか、負けが込んでも人はこうなのか、南朝や後南朝に示唆されること頻り。
権勢を揮った足利三代将軍義満は、南朝を殲滅することも可能だったのに殲滅しなかった。
なぜか。
跡形もなく消し去ろうとしなかった、弱り切った南山の残党を。
豪胆かつ狡猾な義満は、敢えて南朝と北朝を「合体」させた。
なぜか。
これが、南北朝時代の最も重要な観点。
日野俊基や大塔宮護良親王の道行文のうつくしいこと、なまめかしいこと。
「七回生まれ変わっても、朝敵を討ち滅ぼす!」
そう呵々と笑いながら、弟と刺し違えて果てた楠木正成。
「この世の幸せは、直義に譲ります。どうか直義をお守りください」
そう心から願った弟を、斃した兄、足利尊氏。
後醍醐天皇、新田義貞、北畠親房、北畠顕家、文観、阿野廉子、佐々木道誉、高師直、尊良親王、光厳天皇、太平記に描かれる人々はみな、生きています、苛烈に、真剣に。
ほんとうに、面白い時代。
面白いからこそ、たいへん厳しい時代。
命懸けで生きなければ呑み込まれる、百鬼夜行、魑魅魍魎のような強者たちに。
五蘊仮成形
四大今帰空
将首当白刃
截断一陣風五蘊仮に形を成し
四大今空に帰す
首を将って白刃に当て
截断す一陣の風五つの感覚は仮に形を成したまでで、四つの元素も今、空(くう)に帰る。我が首を裁断する白刃、それは一陣の風が吹くようなもの。
日野資朝 辞世の句
古来一句
無死無生
万里雲尽
長江水清古来一句あり
死も無く生も無し
万里雲尽きて
長江水清し古来より「死も生もない」という。我が理想は万里に尽きた雲であるが、やるべきことはやった。今、長江の水のように清らかな心地にある。
日野俊基 辞世の句
日野一族の男たち、後醍醐天皇に与して斬首されたふたり。
すべてが揺れ動いた乱世にあって、この知性、この透徹とした感性。
私も馬鹿だな。
かっこいいとしか思えないのです。
やっぱりこれかと、南北朝の時代史は。
名著、です。