書架

この世の外へ 母の元へ 


桃の節句になると、作家の車谷長吉氏と中上健次氏のエピソードを思い出します。

飛ぶ鳥を落とす勢いの文壇の寵児だった中上さんと、不世出の作家だった車谷さんとの邂逅。
カラオケで唄を強いられた車谷さんが選んだは童謡の『うれしいひなまつり』。
誰よりも車谷さんの唄を真剣に聴き、歓び、迎え入れたのが中上さんでした。

中上さんが亡くなったときから、私はほぼ文学作品を読まなくなりました。
新作が出ると必ず目を通す物語作家は小川洋子さんと小池真理子さんと、あと、車谷長吉さんだけになりました。

その車谷さんももう、この世の外へ行ってしまわれた。

「生島さん、私を連れて逃げて」
「どこへ?」
「この世の外へ」

車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』

私たちはここに霊地熊野から真の人間主義を提唱する。人間は裸で母の体内から生れた。純正の空気と水と、母の乳で育てられた。今一度戻ろう、母の元へ。生れたままの無垢な姿で。人間は自由であり、平等であり、愛の器である。霊地熊野は真の人間を生み、育て、慈しみを与えてくれる所である。熊野の光。熊野の水。熊野の風。岩に耳よせ声を聞こう。たぶの木のそよぎの語る往古の物語を聞こう。

中上健次『真の人間主義』熊野大学開講式挨拶(抄)

お二方とも、読むと正直しんどくなる作家さんですが、読み手の何万倍もしんどい思いをして血反吐の代わりに言葉を吐瀉する書き手のその文体には得も言われぬ中毒性があり、そのくせ解毒剤としても発動するので、上巳三月三日桃の節句のころには再読せずにはいられなくなるのです。

あかりをつけましょ ぼんぼりに
おはなをあげましょ もものはな

サトウハチロー『うれしいひなまつり』

暴れん坊だったサトウハチロー、その詩の、なんてうららかなこと。

この世の外へ。
母の元へ。

今日は楽しい雛祭り。


近傍の和菓子屋さんの桜餅と三色団子、悶絶するほど絶品!

庶民の御用達のごく普通の和菓子屋さんですが、丁寧に仕事されています。

おいしいもの、良いものって、意外と身近にあります。
青い鳥がいっぱい。