かたたがえ

2018.8.24~25 一年一度の潮湯治

海のない奈良に住まう私。一年に一度、海水浴に向かいます。
海の近くにお住まいの方には、「え、年一回だけなの!?」と、驚きの少なさでしょうね。

なにしろ向かう場所が、奈良から160kmも離れた日本海なので、どうしても頻回には行けません。でも夏の日本海、水がとってもうつくしい。
仕事も家庭も学業もあります。それに、一年一度の貴重さ、そっちの高揚感が、なによりなので。

日本海に向かうまでに必ず立ち寄る京丹波の道の駅「味夢の里」。この道の駅のすぐ隣に塩谷古墳群があります。ここから、眉目秀麗な巫女の埴輪が2体、出土しました。

レプリカは1体だけですが、2体そろうと、写真のとおり。
大和政権に服従の証として、うんぬん、説明が丁寧に掲げられています。

ここの巫女埴輪は、ただうつくしいだけではなく、ひしひしとした個性が感じられます。実在の人物を象ったのではないでしょうか。

ここ京丹波は、奈良と京丹後のちょうどまんなか。日本海の文化と、大和国中の文化、双方が鬩ぎ合いつつ溶け合った、それは古く、豊穣な文化圏なのです。

2018年8月24日、お盆過ぎの平日、旅館の目の前の海、人はまばらで、ほぼプライベートビーチです。丹後半島、夕日が浦海岸に面した、10年以上前からの我が家の定宿。お気に入りの決まった部屋を、毎年必ずキープしてくれるのです。
「おかえりなさい!」と、ご主人と女将さんが出迎えてくれます。
「ただいま!」と、私たち家族も応えます。

右手の岬をずっと北上していくと、丹後七姫のひとり、静御前の生まれ故郷に辿り着きます。
ふたりめの丹後七姫、聖徳太子の母の間人(はしひと、はしうど)皇女が滞在した「間人(たいざ)」の町も、すぐ近くです。
残り5人、乙姫、羽衣天女、小野小町、安寿姫、細川ガラシャ夫人。丹後半島には錚々たる美女がつどいます。しかしどなたも、悲しい寂しい逸話を伴って。

丹後七姫、ここに、古代丹波王国を治めた丹波道主(たにはのみちぬし)の妻、摩須郎女(ますのいらつめ)という名の丹波の王族が加わるパターンもあり。
道主は5人の娘を大和の垂仁天皇に送り、摩須郎女が産んだ日葉酢媛(ひばすひめ)が、垂仁天皇の皇后となりました。古代丹波王国、その実力の証です。
しかし私が興味あるのは日葉酢媛ではなく、容貌が優れないからと大和から送り返された竹野媛(たかのひめ)です。

丹後半島の伝説では竹野媛は、故郷の海で入水して果てたとされます。記紀での竹野媛は時代を異にする2名が登場することから、竹野媛の名は襲名性の役職名で、この名を冠する者は巫女と思われます。しかし、いずれにしても、醜い容貌を大和の首長に嘲られ退けられ、自ら死を選ぶ最期が共通です。

夕日が浦に沈む夕陽。命のような。

巫女である竹野媛はわざと醜く装ったのだと、私は思います。
こんな見事な夕陽が沈む故郷から離れられない、大和になど嫁ぎたくない、と。

大和の王に、丹波の王である父に、すなわち権力に叛けばただではすまない。ならば、生まれた海で死のう、と。
意に染まぬ人生など送りたくない。自分の心の声にのみ従う、命がけの勇気。

まつろわぬ者は、醜い者。醜い者とは、強い者。

竹野媛の伝説には、いろいろと考えさせてくれるものがあります。

翌日は、宮津市の天橋立に向かいました。昨年は天橋立の北側の籠神社へ。今年は南側の文殊堂へ。
あれ? 私ここ、お参りした? なんだか初めての感じがしませんでした。
境内は、お寺の飼い猫らしき猫たちがころころ転がる人懐こい印象。傘のかたちのおみくじが、松にたくさん結わえられていました。

観光船、モーターボートに乗りました。天橋立の南から北まで、往復します。行きは3列の真ん中の席で、ヴェネツィアのゴンドラのように、まったり景色も楽しめたのですが。

帰りは、船頭さんお薦めの後部座席へ。これがもうスリル満開! 天橋立の砂州が飛ぶように過ぎていき、ローマはテヴェレ川を船でつんざいた、映画『ミッションインポッシブル』のトム・クルーズ気分。往復1000円、また来よう、また乗ろう。

文殊堂の門前町、カフェ「龍燈の松」。海辺の観光地にしては、シックなカフェ。ジャズバーみたいです。でも、ここのアイスクリーム、どれもこれも絶品でした。

さて、このお店の名前、龍燈の松とは? 天橋立観光ガイドより拝借。

龍燈の松とは、昔天橋立切れ戸の文殊に龍が舞い降りたという伝説の松の名前です。この神木の一部を店内一階カウンター及び二階テーブルとして半世紀の年月とともに蘇ります。

ちなみに、天橋立文殊堂の由来、これも天橋立観光ガイドより拝借。

九世戸縁起、日本の国土創生の時、この地で暴れていた悪龍を鎮めるため中国から智恵第一の仏様で、龍神の導師である文殊菩薩を招請され、悪龍を教化されたと伝えられています。

天橋立は龍そのものの姿かたちです。丹後半島はこれこのとおり、伝説と歴史と物語に満ちあふれ、私たち家族の夏の思い出として、心に慈雨を降らせてくれるのです。

まさに、潮湯治、なのです。