書架飛鳥へ

いやなんです あなたのいつてしまふのが ―『逃げ上手の若君』北畠顕家―

Ⓒ松井優征『逃げ上手の若君』19巻

いやなんです
あなたのいつてしまふのが――

花よりさきに実のなるやうな
種子たねよりさきに芽の出るやうな
夏から春のすぐ来るやうな
そんな理窟に合はない不自然を
どうかしないでゐて下さい
型のやうな旦那さまと
まるい字をかくそのあなたと
かう考へてさへなぜか私は泣かれます
小鳥のやうに臆病で
大風のやうにわがままな
あなたがお嫁にゆくなんて

いやなんです
あなたのいつてしまふのが――

なぜさうたやすく
さあ何といひませう――まあ言はば
その身を売る気になれるんでせう
あなたはその身を売るんです
一人の世界から
万人の世界へ
そして男に負けて
無意味に負けて
ああ何といふ醜悪事でせう
まるでさう
チシアンの画いた絵が
鶴巻町へ買物に出るのです
私は淋しい かなしい
何といふ気はないけれど
ちやうどあなたの下すつた
あのグロキシニヤの
大きな花の腐つてゆくのを見る様な
私を棄てて腐つてゆくのを見る様な
空を旅してゆく鳥の
ゆくへをぢつとみてゐる様な
浪の砕けるあの悲しい自棄のこころ
はかない 淋しい 焼けつく様な
――それでも恋とはちがひます
サンタマリア
ちがひます ちがひます
何がどうとはもとより知らねど
いやなんです
あなたのいつてしまふのが――
おまけにお嫁にゆくなんて
よその男のこころのままになるなんて

高村光太郎『智恵子抄』「人に」

松井優征先生の傑作歴史巨編漫画『逃げ上手の若君』の19巻は2月9日に発行されるなり購入するも、私の日本史における最大の「推し」の北畠顕家が敗死するエピソードを描く巻ゆえ、読むに読まれず。

さらに2月から3月にかけて私は奈良大学通信教育部のスクーリングに参加を予定していて、勉学に集中するために、顕家の死を遠ざける必要に応じざるを得なかった。

だって、泣いてしまうもの。

花ではないか。歌えないがどうした、花はあるがままで結構なのだ。余も花だ、余の傍で美しく余を飾り立てよ。

どんな辺境にも、美しい花は咲いていたな。花を見れば、嫌な事も忘れられた。

もっと咲け、甘えるな、御ぶちのめすぞ、花共。

松井優征『逃げ上手の若君』19巻

今日やっと読めた、小さいころから大好きだった、私の花将軍、顕家の最期。

ああ、命燃え尽きてなお、あなたは花。

それでも――

――いやなんです、あなたの逝ってしまうのが。