ならだより

2025.1.24 高松塚古墳壁画 修理作業室の公開

2025年1月24日、高松塚古墳壁画国宝指定50周年文化庁主催「第48回 高松塚古墳壁画 修理作業室の公開」に参加。これ、抽選でして、土日はなかなか当たらなかったのですが、最終日は空きがいっぱい残っていたのでダメもとで応募すると、すんなり通ってしまいました。

なんと当日参加も最終日は可能で、地元のお母さんが未就学のお子さんたちを連れて参加受付をされていました。うわ、いいなあ、飛び込みで高松塚古墳壁画の現物を見学するなんて、地元のなかの地元!

国営飛鳥歴史公園館。この裏手に修理室がありまして、私の時間は14時30分、見学時間は10分間、オペラグラスを拝借して、本物の高松塚古墳壁画をガラス越しに眺め入りました。ちなみに、10名ほどのグループ、私以外は標準語を話す地方の方々でした。

ああ、物心つかないころから印刷物や動画で見飽きるほど見てきた1300年前の極彩色の壁画、実際見ると、思っていたより、小さい。星宿図の黄金は、衰え知らずの光り輝き。

外からは遠く何度も何度も眺め見てきた高松塚古墳、保存状態が酷かった壁画、生きている間には直に見ることができないと思っていたのに。

技術者各位の努力の賜物としか言いようがない。

人生やり残したリスト、これでまたひとつ解消。

感無量。

修理室見学者割引きで高松塚古墳壁画館を観覧できるので、久しぶりに伺うことに。

高松塚古墳と、その壁画館は、この飛鳥歴史公園館と車道を挟んだ向こうにあり、地下道を潜って向かうのです。

すばらしい晴天で、ぽかぽか陽気で、壁画館まで歩いて15分、あっという間に過ぎました。

西の空、午後の太陽、飛鳥の美しい冬。

平日に有給を取って、一人で訪れる飛鳥、陽射しが暖かく、天候に恵まれ、なんて幸せ。

壁画館、到着。ここへ来たの小学生以来かもしれない。久しぶり過ぎて忘れてしまったな、どんな展示内容だったか。

高校生・大学生は通常130円の入館料が、割引きで100円になりました。もちろん、学生証を提示して。

展示物はすべて精巧な複製なので撮影可、および、SNS拡散希望とのこと。

この、日本で一番有名な古代遺物壁画について、なんやかんや言う与力、私には無い。ただ、ここ壁画館の複製群の水準は「おさすが」の一言。

この配置図、わかりやすい。備忘録として。

女子群像。唐の則天武后の息子の古墳の壁画、これにそっくりです。

この案内看板も、わかりやすい。これも備忘録的な。

4人とも一見まるで姉妹のように似ていますが、よく見ると個別化できます。様式化されているようで、リアルでもあるのです。

誰に伴われて黄泉へ連れ立たれた女官たちなのか。

国営飛鳥歴史公園の高松塚古墳地区、たいへん閑雅な一円、苦し紛れにさまよったのは、ごく若いころ。

私もここまで辿り着いた、こんなおおらかな心地でこの古代史に名高い王家の谷を逍遥できるようになった。

行きは橿原神宮前駅から高松塚古墳までの巡回バスでたっぷり40分間、孝元天皇陵、剣池、豊浦、甘樫丘、雷丘、飛鳥小山、大官大寺跡、飛鳥資料館、飛鳥坐神社、水落遺跡、飛鳥寺、万葉文化館、亀形石造物、酒船石、飛鳥宮跡、岡寺、石舞台、川原寺跡、橘寺、亀石、野口王墓こと天武持統合葬墓、ゆっくりゆったり、終点のキトラ古墳や欽明天皇陵を除いた明日香村の端々まで、観光列車のように名所旧跡寺社仏閣を眺めて。

帰りも同じルートなので、車窓から写真でも狙って撮ろうと思っていたのですが、野口王墓を通り過ぎた明日香村立明日香小学校の最寄りの健康福祉センターのバス停で、先生に見送られた小学生たちがたくさん乗り込んできたので、子どもたちを写してはいけないと、咄嗟にスマホを閉じました。

そうか、路線バスがスクールバスも兼ねているのか。明日香村に小学校は一校だけです。それなりに広い明日香村のほうぼうから、子どもたちは通っていました。

橿原市に近い飛鳥小山のバス停では、ひとりのお母さんが今か今かとお子さんを笑顔で待ち構えていらっしゃいました。ここで、残る二人の子どもたちが降りて、運転手さんによる子どもたちの降車確認作業も無事終了。

ああ、いいなあ、歴史と日常が共存している。

てんでばらばらに風光明媚な飛鳥の彼方此方にタンポポの綿毛のように散らばっていった子どもたちの黄色い制帽、その、未来へつながる明るい色。

最初から最後まで、あたたかい気持ちで、私の飛鳥ひとり遠足は一貫されました。

遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子供の声聞けば わが身さへこそ揺るがるれ

後白河法皇編『梁塵秘抄』

今日の戦利品。修理室参加者にだけ贈答されるメモ帳と、壁画館限定の缶バッジ。ちょっと、特別感のある戦利品、ふたつ。