ならだより

2021.8.1 飛鳥から吉野山へ

私は四季では夏がいちばん好きで、それは万物の生きる力が漲る様に、その儚さの尊さに、胸を打たれるからです。
私にとって夏とは、浸るもの耽るもの。
2021年8月1日、飛鳥から吉野へ、遊びに向かいました。

ここは国営飛鳥歴史公園、キトラ古墳周辺地区。
飛鳥を起点に動きます。

男ふたり、広場を目に、競争開始。
これは本能でしょうか。

腰痛がぶり返した主人、息子に追いつかれ、追い抜かれ。
学生時代ずっとリレーのアンカーに選ばれていた駿足の主人、大ショック。

キトラ古墳壁画体験館四神の館を見学して、高取町のカフェ「すこ。」さんへ。
夏のスコーンランチ。
あいかわらずおいしかった。

味と創意工夫とコスパと雰囲気とそして徹底されたコロナ対策。
すこ。さん、飛鳥地域で一番のカフェだと思います。

私は飛鳥や吉野へ、心地良さを求めて訪ねるのです。
だいたい私は美食家ではありません。
自分に見合った、心温まる素朴な食事が好きなのです。

男ふたりは、台湾のおふくろの味、魯肉飯(ルーローハン)。
この丼、ものすごい量で、主人も息子も必死で食べていました。「無茶苦茶うまい」と唸りながら。
私もひとくちご相伴。うん、八角が効いていて、ほんとうにおいしい! しかも、食べやすい。

「これ、ずっと定番にしてほしい」
男ふたり、魯肉飯の虜です。
私は、すこ。さんでは、やっぱりスコーンランチが食べたい。

デザートのパフェ。紅茶のブランマンジェ。
ピンク色の果肉の桃、銘柄は川中島。すっきりとした甘さ、そして芳香!
桃の下は、柚子のソルベ。甘い桃にとても合います。
ソルベの下は、紅茶のブランマンジェ。ブランマンジェはフランスの呼びで、イタリア呼びではパンナコッタ。
濃く煮出した紅茶が甘くなく、絶妙なブランマンジェでした。

こんな創意工夫の塊のパフェ、550円なのです。
もちろんすべて、美しいマダムの手作りです。

「激ウマ」と辛党の男ふたりも唸る、たいへんおいしいデザート、季節ごとに変わります。
季節感を味わう、それが食の楽しみ。
セットのドリンク、私はバタフライピーのノンアルコールカクテル。
主人はアイスコーヒー、息子はジンジャーエール、定番です。

すこ。さんの美しいマダムに「今から吉野に行くんです」と言うと「どの辺りまで?」と問われ、「もうお昼なんで、下千本までかな? すこ。さん、Facebook見ました、天河にお参りされたんですね。私も天河の弁天様へ参っても、なんにも感じなくて」と答え。
「私もなんにも感じなくて! 天河って、みんな、神聖や~とか言うんやけど」とマダムは笑われました。

夏の吉野山。高取から吉野まではすぐです。
途中、比曽寺跡の世尊寺を垣間見。
吉野こそ持統天皇の本陣だとすると、壮観です。

吉野三橋の一つ、大橋。
元弘の乱、大塔宮護良親王が吉野山を城塞化したとき、尾根に設けた橋です。

金峯山寺の黒門。吉野山の総門です。
ここから、修験道の吉野は始まります。

仁王門が見えてきました。
あら、天河の雲行きが怪しい。

修繕中の仁王門。今年から令和10年までかかるそう。
総工費20億円の巨大プロジェクト。雀の涙ですが、喜捨しようと思います。
ちなみに阿吽の仁王様は、奈良博に仮住まいされています。

蔵王堂。仁王門修繕に伴う県道15号線の完全通行止めにて、西側の道路へ迂回。
いつもとは異なる入門、これがあと7年続くのです。

あ、天河から雷鳴が響きました。
雷鳴は、天鼓とも言います。
うまいこと言う。

私は雷が大好き。
でも稲妻に狙い定められたら厄介なので、来て早々ですがお暇を蔵王権現様に告げ。

銅(かね)の鳥居が見えます。
吉野山は、じっくり腰を据えて訪れるべきですが、入り口の触りだけでも仙境です。

黒門をくぐり、駐車場までてくてく歩いていますと、主人がオオセンチコガネの死骸を発見。
オオセンチコガネは赤いものが多く、青いオオセンチコガネは奈良県と和歌山県と三重県、そして鹿児島県の屋久島にしか生息しません。
緑がかった青、きーれーい!

主人、またもオオセンチコガネの死骸を発見。
なんて美しい青! 瑠璃色!
まさにルリセンチコガネです!

ルリセンチコガネは奈良公園で鹿の糞を目当てに生息しています。
しかし、奈良公園でのルリセンチコガネは採集禁止です。
見つけて、少し眺めたら、必ず放してあげないといけません。

「持って帰る? 奈良公園の子じゃないから、この子、持って帰れるよ」と息子に伺いますと、「ダメ、生まれたところの土に、戻してあげるの」と息子、断言。
二匹とも、土に戻してあげました。

それにしても主人、昆虫ハンターです。
「二匹とも普通に道に落ちてたし、ここ、吉野やもん、虫がそこらじゅうにおって当然」と主人。

私は少し心残り。あんな綺麗な瑠璃色のスカラベ、きちんと防腐処理して手元に置いておきたかったな、と。

はるかかなたに妹背山。『妹背山婦女庭訓』の舞台。
吉野川に首だけの雛人形、そして桜。
蘇我入鹿は、子ども欲しさに蝦夷が妻に鹿の生き血を飲ませたから、入鹿と名付けられた。
藤原淡海(不比等)のモテモテっぷり。
奇想、幻想、ロマネスクそのものの、人形浄瑠璃および歌舞伎の演目です。
上市のほうも、きちんと訪ねないと。

金剛葛城山脈から二上山。
帰路は車窓から産土を眺め。

私は霊感山勘まったくなく、鈍感です。
それでも畏敬の念は有していて、自然に無理なく寄り添いたい。

雨の多い紀伊山地や屋久島にルリセンチコガネは生息する。
しかし奈良公園が糞虫の聖地とは、鹿の糞と芝生のせい?
私、まじで宝石なんかよりルリセンチコガネのほうがいい。
でも、やっぱり生きたままのルリセンチコガネを眺めたい。

ルリセンチコガネのみならずタマムシやハンミョウ、どうしてこうも美しい虫を神は産みたもうたのか。

これは人知の及ばない領域。

息子の言う通り、生き物、生きた物には敬意を払うべき。
なに、また吉野へ来ればいい。
もしくは奈良公園へ行けばいい。

美しい青のスカラベは、黙ってそこで、輝いている。

ある考えに支配されると、どこへ行ってもその考えが表されているのに遭う。
風の中にまでその匂いが入っている。

トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』