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2017.7.23 吉野 紙漉きの里

梅雨も明け、夏の盛りに入ってきました。
これまでブログに挙げたもの漏れていたもの併せて40題ほどのワークショップ参加の記事を、この夏、特集して挙げていきます。
合間合間に時事の記事を入れていきますが、基本的に、夏は体験、それがメインテーマ。

2017年7月23日、第13回ものづくり国栖の里体験フェスタに参加しました。吉野川に沿った国栖の里は、紙漉きの名産地です。歴史としては、国栖の里観光協会さんがわかりやすくまとめたものを下記に。

古事記・日本書紀

神武天皇東征のおり、当地で光る井戸から出てきた尾のある人と出会い、 それが国栖人であったと日本書紀や古事記などは伝えています。

尾のある人などはいるはずもなく、東征軍が当地で最初に出会った先住民でしょう。
平野部の人と違い獣皮を尻に当てて山で働く姿が奇異に見えたのでしょうか。
また当時西日本の豪族を支配して近畿に力を伸ばしてきた、神武の東征軍が、 支配者としてのおごりの視線で、先住民を見下していたのがそんな記述につながったのかもしれません。

壬申の乱 吉野の宮

今から約千三百年前大海人皇子(おおあまのみこ)は、 兄天智天皇の子大友皇子と戦って勝ち天皇の座につきました。天武天皇です。
その戦いの旗揚げの地が吉野の宮といわれています。
国栖から吉野川沿いに5キロほど下流右岸の宮滝遺跡とその付近に吉野の宮はあったとされ、 近くには、吉野歴史資料館があります。

白く泡立つ奔流が岩をかむ岸辺に立ち、目をつむって、はるか古代に思いを馳せてみましょう。
馬のいななきや風を切る矢羽根のうなり、兵士たちの雄叫びや太刀の打ち合う音が、 千三百年の時空を越えて聞こえてきませんか?
散った夢や、実った夢、歴史に刻まれたドラマの跡を追うのも一興かもしれません。

国栖では犬を飼わない

壬申の乱の折、吉野川の川べりで大友皇子の兵に追われた大海人皇子が村人に助けを求めました。
村人は川舟を逆さにしてその中に皇子をかくし、追っ手の目につかぬようにしたところ、 現れた犬が舟を嗅ぎまわり吠えたので、村人はこの犬を打ち殺して、皇子の危機を救ったと伝えられています。

以来この地では今でも犬を飼う家がないということです。
また国栖小学校(廃校)下の御霊神社にコマイヌがいないのもそのためといわれています。

片腹渕

皇子の危機を救った村人は皇子を付近の岩窟に案内し、粟飯にウグイを添えてもてなしました。
皇子は食べたウグイの片側を水中に投じて勝敗を占ったところ、ウグイは勢いよく泳いで戦勝を予兆しました。

その地を片腹淵とよぶようになったといわれています。 場所は国栖中央公民館の下付近とされています。

光る井戸、井光(いひか)とは、ペルシアのカレーズ(地下用水路)のようなもので、尾は、櫂を背負っていたのでしょう。
国栖は、宮瀧と夢淵(忌淵)の中間に在り、大海人皇子の私的な行宮(あんぐう)にもってこい。
国栖の伝説での犬は、動物の犬ではなかったと思います。斥候の暗喩でしょう。
ウグイはコイ科の淡水魚で、夢淵で鮎占をした神武天皇と重なります。なんか、ウグイも鮎も、毒もみ漁を彷彿とさせます。

国栖の里の美しい川の浅瀬で、うちの息子は服を脱いで遊びました。吉野川の下流は人がいっぱいですが、ここらあたり、誰もいませんでした。

さて、紙漉き体験。植和紙工房の五代目当主、植貞夫さんに指示。楮(こうぞ)の繊維と大量の水を掻き混ぜます。この和紙の原料を入れる大きな器、漉き舟(すきふね)と呼びます。

簾桁(すけた)を使うような本格的な紙漉きは難しいので、ハガキ用の桁を使って漉きます。

息子はまだ6歳で腕の力も弱いので、植さんがつきっきりで教えてくださいました。

息子は主人似ですが、なぜか目を伏せると私にそっくりになるのです。

好きな葉っぱを載せます。息子、とても楽しそうに葉っぱをレイアウトしていました。

色をつけることもできます。これも息子の自由に。植さんが「真っ赤、かっこええな」と。

国栖の里体験フェスタは、奈良・町屋の芸術祭「はならぁと」のサテライトイベントでもあり。この「おえかききんぎょゆらゆらすくい」も、アートイベントなのです。

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吉野川沿いの1300年の歴史を誇る紙漉きの里で、こんな趣のある手づくり体験を味わわせていただいて、息子、なんて幸せな夏休み。

金魚すくいのポイの形の和紙で、あらかじめ漉かれた色とりどりの和紙の金魚をすくって、こんなかわいい偶然の賜物のアート作品ができました。

ちなみに私も和紙作品を作ったのです。ほぼ植さんの息子さんの六代目に漉いてもらった和紙に、着色した和紙を私が配置したのです。吉野桜と吉野川、です、一応。